下呂温泉 合掌村ぶらり散策記(2):合掌造りに宿る人の営みと円空の祈り ( 岐阜県下呂市の旅 : 2025-06-29 )

 

下呂温泉 合掌村(岐阜県下呂市)

合掌村の散策、2回目。
前回は受付から民俗資料館、歳時記の森、かえる神社、萬古庵での休憩までを紹介しました。
今回は、合掌造りの建物群の中でも最も見応えのある「旧大戸家住宅」を中心に、村の奥に広がる静かな一角を歩きます。

合掌造りの象徴、旧大戸家住宅へ

合掌村の中でも、ひときわ堂々とした姿を見せる「旧大戸家住宅」。


この建物は、岐阜県白川村から移築された合掌造りで、江戸時代後期の建築と伝えられています。
もともとは庄屋格の家であり、地域の寄り合いや祭りの準備、冠婚葬祭の場としても使われていたそうです。

茅葺き屋根は大きく反りを持ち、分厚い茅が幾重にも重なっており、雨雪をしっかりと防ぐ構造。
建物の中に入ると、ひんやりとした空気が流れ込み、土間には黒く煤けた太い梁が天井を渡っています。
囲炉裏の煙でいぶされた木の香りが、どこか懐かしく、古民家特有の落ち着きを感じさせます。

内部には、当時の生活道具が丁寧に展示されており、竹製の籠や木製の臼、藁を編んだ生活具などが並びます。
特に印象的なのは、吹き抜け構造の屋根裏
急勾配の合掌部分を登るように階段がのび、その先には干し物や養蚕のためのスペースが広がっていました。
農閑期には女性たちがここで蚕を育て、家計を支えたのだとか。
梁の上には、昔の子どもたちが駆け回る姿が目に浮かぶようでした。

解説パネルによると、合掌造りの屋根角度は、雪の重みを逃がすために60度前後と急勾配に設計されているとのこと。
白川郷では雪下ろしの苦労を減らすため、こうした構造が発達したそうです。
下呂の合掌村ではその技術が忠実に再現され、文化財としての保存状態も良好。
実際に屋内を歩くと、当時の大工たちの知恵と労働の跡をまざまざと感じ取ることができます。

板倉と日常の知恵

旧大戸家住宅を出てすぐ隣にあるのが「板倉(いたくら)」です。

板倉は、火災や湿気から穀物を守るための倉庫で、分厚い板を組み合わせた頑丈な構造が特徴。
建物の隙間はきっちりと組まれており、釘をほとんど使わずに組み上げられています。
そのため湿気を自然に逃がしながら、内部を一定の温度で保つことができるという、日本人の知恵が詰まった建築です。

中には、米俵や味噌樽、炭俵などが展示されていて、昔の暮らしを支えた物資の重みを感じさせます。
現代の冷蔵庫や倉庫が当たり前になった今、こうした自然と共存する貯蔵技術を見ると、先人たちの工夫の深さに驚かされます。

合掌の足湯を眺めながら

さらに坂道を少し上ると、「合掌の足湯」と書かれた屋根付きのスペースが見えてきました。
木陰にあるこの足湯は、旅の途中でほっと一息つける憩いの場。


私が訪れた日は、ちょうど数組の観光客が足を浸しながら談笑しており、湯けむりが心地よい風に乗って漂っていました。

今回は見学のみでしたが、下呂温泉特有の柔らかな湯がここでも楽しめるそうで、無料で利用できるのが嬉しいところです。
湯の香りを感じながら、木々のざわめきと遠くの鳥の声を聞いていると、時の流れがゆっくりと緩むようでした。

東へ歩き、市倉の前を通る

足湯のそばからさらに東に進むと、小道の先に「市倉」というお食事処が見えてきます。


木造の建物からは香ばしい匂いが漂い、店先ではあゆの塩焼きが炭火で焼かれていました。
香りに誘われてつい足を止めてしまいます。
炭火の上でじっくり焼かれた鮎は、皮がパリッと音を立て、脂がじわりと滲み出ている様子。
昼時で賑わっていましたが、今回は我慢して通り過ぎました。
ただ、この景色もまた旅の一部。
川魚の匂いと風の涼しさが、下呂の初夏らしさを感じさせてくれました。

円空の祈りに出会う ― 円空館

市倉を過ぎると、合掌村の最奥にある「円空館」へと至ります。


この建物では、江戸時代の僧侶・円空が彫った木彫仏の数々を鑑賞することができます。
円空は全国を旅しながら12万体の仏像を彫ったとされ、岐阜県はその足跡が特に多く残る土地です。
ここ下呂の円空館にも、温かみのある木像が静かに並んでいました。

展示室に入ると、まず目に飛び込むのは、柔らかな笑みをたたえた観音像。
彫り跡をあえて残した素朴な造形でありながら、その表情にはどこか慈愛と力強さが宿っています。
木目を活かした自然な姿は、豪華さよりも「人に寄り添う仏」を意識しているようでした。

解説によると、円空は木を削る際、まず祈りを捧げ、木そのものに宿る生命を尊んだといいます。
刀を振るうたびに唱える念仏の声が、やがて木の中に仏を呼び覚ます――そんな信仰と一体となった制作過程が、作品をより神聖に感じさせました。

また、展示室の一角には、円空の旅路を記した地図や資料もあります。
彼が修行の途中で下呂温泉に立ち寄り、人々の病を癒やしたという伝承も残っているそうです。
山深い飛騨の地で、木を削りながら仏に祈りを込める姿を想像すると、合掌村という場所が単なる観光施設ではなく、「祈りと暮らしが交差する場」であることに気づかされます。

 合掌の里で感じた「人の温もり」

円空館を出て振り返ると、合掌造りの屋根がいくつも重なり、緑の山に溶け込むように佇んでいました。
どの建物も、職人の手仕事が生んだ芸術であり、同時に人の暮らしを支えた実用の建築。
古民家の中に流れるのは、懐かしさだけでなく、自然と共に生きようとした人々の知恵と祈りの記録でした。

歩き疲れた足を少し止め、振り返る。
合掌村を吹き抜ける風が、木の香りとともに頬をなでました。
静かな午後、遠くから祭り太鼓のような音がかすかに聞こえ、どこか昔の集落に戻ったような感覚に包まれます。

今回の旅もまた、建物を見るだけでなく、そこに生きた人々の想いに触れる時間でした。
次に訪れるときは、ぜひ足湯でゆっくり湯に浸かりながら、もう少し長くこの里に滞在したいと思います。

地図・アクセス

〒509-2202 岐阜県下呂市森2369

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