名古屋市南区・道徳を歩く(前編) ― 雨の中で出会った歴史とクジラ像(名古屋市南区の旅:2025-05-31 )
Contents
道徳公園(名古屋市南区)
南区への小さな旅立ち
今回の散策の舞台は、名古屋市南区。
熱田区から新堀川を挟んで南に広がるエリアですが、私にとっては意外と縁の薄い場所でした。名古屋市内に住んでいながら、思い返せば笠寺観音、笠寺公園、そしてコンサートで訪れたガイシホールくらいしか記憶がありません。
「もっと知ってみたい」。そんな気持ちが芽生え、今回は名鉄常滑線の道徳駅周辺を散策することに決めました。駅そのものを利用するのはこれが初めて。
道徳駅は、6両編成対応の相対式ホーム2面2線を有する高架駅。高架駅というのは、私にとって少し特別な存在です。ホームに立つと、普段とは違う高さから町を眺められる。その少し非日常的な景色が好きで、今回の散策のスタート地点としても気分が高まりました。
雨に追われながら道徳公園へ
駅を降り立ち、まず足を向けたのは道徳公園。
ところが、歩き始めて間もなく空模様が怪しくなり、やがて本格的な雨に。駆け足の散策にはなりましたが、その分、普段なら見逃してしまう細部に目が留まり、結果として「雨の日ならではの旅」になりました。
道徳公園の整備が計画されたのは1927年(昭和2年)。翌1928年、当時の皇太子殿下(後の昭和天皇)御降誕を記念した事業として正式に承認され、1931年頃に開園しました。つまり、この公園は90年以上の歴史を持つ古い都市公園なのです。
広さは近隣の白鳥庭園ほど。東側には月見池と呼ばれる大きな池があり、北西側には野球場やバスケットボールコートといったスポーツ施設が整備されています。一見すると、よくある総合公園のように思えますが、私が強く惹きつけられたのは公園南側に佇むひとつの存在でした。
クジラ像との出会い
池のほとりに立つその像は、どこかユーモラスで、同時に不思議な迫力を持っていました。クジラの噴水像です。
この像は1927年、造形家・後藤鍬五郎によって制作されたコンクリート製の作品。かつては池の護岸には石や擬木、コンクリート橋が配され、クジラの口から水が勢いよく吹き出す仕掛けになっていました。
「なぜクジラ?」と誰もが疑問に思うでしょう。実は、かつてこの地域の海域にクジラやシャチが回遊していたという古い言い伝えに基づいているのだとか。現在では海から距離のある名古屋市街地に、そんな痕跡を刻むように残るクジラ像。なんとも言えない目つきと大らかな表情に、雨の中でもつい見入ってしまいました。
このクジラ像は2010年、「夢なごや400」でグランプリを獲得し、市の認定地域建造物資産にも指定。さらに2021年には「道徳公園クジラ池噴水」として国の登録有形文化財に登録されています。単なるユーモラスなオブジェにとどまらず、地域の歴史を語り継ぐシンボルになっているのです。
公園に刻まれた昭和初期の賑わい
道徳公園の歴史をたどると、さらに驚きの事実が見えてきます。開園直後の1927年、公園の一部は映画会社「マキノ・プロダクション」の中部撮影所として利用されました。名匠・牧野省三監督の『実録忠臣蔵』などが撮影され、当時はなんと5000人もの見物客が押し寄せたといいます。
このブームを機に、周辺には遊園地、温泉「泉楽園」、展望台付きの人工の「道徳観音山」、屋内スケートリンク、映画館といった施設が次々と整備されました。まるで小さなアミューズメントパークのように繁栄していたのです。
現在は静かに雨に濡れるクジラ像が象徴するように、落ち着いた公園の姿ですが、その背後には人々の熱気と夢が溢れていた時代があった。そう思うと、目の前の光景もまた違って見えてきます。
雨宿りのアピタ名古屋南店
しかしこの日の天気は容赦なく、雨脚はさらに強まってきました。傘を差していても全身が濡れてしまうほど。そこで近くにあるアピタ名古屋南店に一時避難。
地域散策の途中にこうして地元のスーパーに立ち寄るのも、旅のリアリティを感じさせてくれる瞬間です。観光名所とは違う、生活に根差した風景が見えるのが面白いところでした。
道徳山神社での静かなひととき
雨が小康状態になったタイミングを見計らって、次に訪れたのは道徳山神社。
小高い場所にある境内からは、町を見下ろすことができ、静かな時間を過ごすことができました。名前に「道徳」を冠するだけあって、この地域の信仰や歴史と深く結びついた神社です。
拝殿で手を合わせていると、雨音が木々の葉を打つ音だけが響き、町の喧噪が遠くに感じられました。こうした小さな神社に立ち寄ると、その地域に暮らす人々の日常の祈りが少しだけ垣間見えるように思います。
次なる目的地へ
道徳公園と道徳山神社を巡った今回の散策。雨に翻弄されながらも、南区の知られざる歴史とユニークな文化に触れることができました。とくにクジラ像との出会いは強烈な印象として残りました。
旅の続きはさらに南へ。次回は「観音公園」を歩きながら、この地域のもうひとつの物語を紹介したいと思います。
地図
〒457-0847 愛知県名古屋市南区道徳新町5丁目