名古屋市南区・道徳を歩く(後編) ― 観音公園と泉楽園跡を巡る(名古屋市南区の旅:2025-05-31 )
観音公園と泉楽公園(名古屋市南区)
道徳からさらに南へ
今回の散策の舞台は、名古屋市南区道徳。
前回は道徳公園と道徳山神社を巡りましたが、今回はさらに南へと歩を進め、観音公園を目指しました。
駅周辺から少し外れると、味わい深い商店や長屋建ての住宅、そして昔ながらのローカルスーパーが点在し、下町らしい風情を感じます。
現代的なマンションも立ち並ぶ一方で、路地に入れば懐かしい昭和の面影が残る。そんなコントラストを楽しみながら歩いていると、やがて緑に囲まれた観音公園が姿を現しました。
一見すると住宅街にあるごく普通の公園。しかし園内には石碑や案内板が設置されており、かつてここが昭和初期のアミューズメントパークの中心地だったことを静かに語っています。
幻の「道徳観音山」
観音公園が誕生する以前、1932年(昭和7年)にこの地に築かれたのが「道徳観音山」です。現在の観音町1丁目に、高さ18メートルの人工築山として築かれました。山頂には高さ6メートルの観音像が祀られ、さらに山腹には複数の観音像が設置されていました。
山頂の展望台からは伊勢湾を一望でき、春秋には遠足の定番スポット、夜にはカップルのデート場所として多くの人々が訪れました。高台から望む海と町の景色は、当時の人々にとってちょっとした非日常の楽しみだったのでしょう。
さらに驚くのは山の内部構造です。二階建てとなっており、一階部分には名古屋市内初となる屋内スケートリンクが整備されていました。冬だけでなく一年を通して利用できる娯楽施設は当時としては非常に斬新で、多くの市民を魅了したに違いありません。
山の北側には高さ12メートルもの滝が流れ落ち、その下には屋外プールまで設けられていました。人工の山、観音像、滝とプール、さらにはスケートリンク。まさに総合レジャーランドのような存在だったことがわかります。
この壮大な観音山の姿は、観光鳥瞰図の名手・吉田初三郎によって描かれ、その隆盛ぶりが後世に伝えられています。
「高さ18メートルの築山に、6メートルの観音像。さらに滝やプールまで備えた娯楽施設があった」と聞くと、信じられない気持ちになります。しかも、それがたかだか70〜80年前の話なのです。当時の賑わいをこの目で見てみたいと、石碑の前でしばし想像を巡らせました。
泉楽園 ― 温泉と娯楽の楽園
観音山の少し南には、もうひとつの大型娯楽施設「泉楽園」がありました。こちらは温泉を中心とした施設で、天然温泉を楽しめるだけでなく、日本庭園を囲むように多彩な娯楽が揃っていたそうです。
園内には食堂や売店、娯楽室(ビリヤード、ピンポン、将棋など)が設けられ、児童遊園や小鳥園、釣り堀、噴水、大弓場まで整備されていました。まさに老若男女が一日中楽しめる「昭和の総合リゾート」といった雰囲気です。
この地にそんな規模の娯楽施設があったとは、現代の住宅街の落ち着いた雰囲気からはとても想像がつきません。当時の名古屋市民にとって、泉楽園は夢のような休日の場だったのでしょう。
戦争と地震がもたらした終焉
しかしその繁栄も長くは続きませんでした。1944年(昭和19年)12月7日、東南海地震が発生。泉楽園の建物は倒壊・焼失し、施設としての役割を終えることになります。
現在、その跡地は「泉楽公園」として整備され、静かな広場となっています。子どもたちが遊ぶ声が響くごく普通の公園ですが、足元の土の下にはかつて温泉や遊戯施設が存在した歴史が眠っている。そう思うと、ただのベンチや遊具も違った輝きを放って見えるから不思議です。
過去と現在をつなぐ場所
観音公園と泉楽公園を歩きながら感じたのは、「土地の記憶」というものでした。目の前にあるのは普通の公園や住宅街ですが、少し調べてみると、そこには想像を超える歴史と物語が眠っています。
かつては観音山から伊勢湾を見渡し、夜にはライトアップされた観音像を眺めながら人々が語らっていた。泉楽園では子どもたちが遊び、大人たちは温泉や娯楽室でくつろいでいた。そんな賑わいの情景が、今も静かな空気の中にかすかに残っているような気がしました。
道徳の町を歩くと、「名古屋の下町」としての素朴な日常と、昭和初期に夢のような娯楽を提供した非日常とが、時間を隔てて同じ土地に共存していることを実感します。
観音公園に立つ石碑や案内板は、その歴史を伝える数少ない証言者。雨風にさらされながらも、この地がかつてどれほど人々を惹きつけた場所であったかを、静かに語り続けています。
次に訪れる時は、当時の絵図や写真を手元に持ちながら歩いてみたいと思いました。過去の賑わいと現在の風景を重ね合わせることで、さらに深い旅になる気がします。
今回の散策では、名古屋市南区道徳の「観音公園」と「泉楽園跡」を歩き、失われたアミューズメントの記憶に触れることができました。
土地に眠る歴史を知ることで、ただの住宅街や公園も、全く違った表情を見せてくれる――そんな体験を味わえた一日でした。
地図
〒457-0845 愛知県名古屋市南区観音町1丁目47