堀尾跡公園:美しい裁断橋と裁断橋ものがたり(愛知県丹羽郡大口町の旅 : 2024-02-04)
堀尾跡公園:美しい裁断橋と五条川
今回は、愛知県江南市にある布袋の大仏に会いにいった後、東に20分ほど歩き、人生初の大口町へ。
ここでは、大口町にある堀尾跡公園についてご紹介します。
堀尾跡公園(ほりおせきこうえん)
堀尾跡公園とは
愛知県は武将のふるさとと言われており、国宝にも指定されている松江城(島根県)を築いたのも愛知県出身の堀尾吉晴公。堀尾跡公園は、堀尾一族の屋敷があったところで、現在は往時を偲ぶ歴史公園として、整備されており、夏の水遊びや秋の紅葉など四季折々の表情を見せてくれます。一番の見所は、公園の前を流れる五条川の桜並木。吉晴の子と伝えられ、豊臣秀吉の小田原征伐の陣中で死去した金助に因む「裁断橋物語」にあやかって、五条川には、裁断橋と擬宝珠が復元されています。
(引用元:愛知県の公式観光ガイドAichi Now より)
こちらの公園については、下記の裁断橋物語を理解せずには語れません。
裁断橋ものがたり
1590年、18歳の堀尾金助は小田原の戦いに出発しましたが、病に倒れ帰らぬ人となりました。裁断橋まで出征を見送った母は、翌年、供養のために裁断橋を架け替えました。その後、33回忌にも再度架け替えを行い、擬宝珠に刻まれたわが子に対する母の想いが人々に語り継がれました。
なお、愛知県大口町に堀尾一族の屋敷があったことから、同町の五条川にも裁断橋と擬宝珠が復元され堀尾跡公園となっています。
(引用元:名古屋市熱田区公式サイト より)
堀尾金助の母が子を想い掛け替えた裁断橋(当時は、名古屋市熱田区)が、100年以上を経て、出身地である大口町に再現されたのです。
裁断橋
五条川を跨ぐ形でかつての裁断橋が焼失する前の姥堂の山門と合わせて再現されています。
どうですか?
生でみた裁断橋の美しさに、言葉が出なくなるほどの感動を覚えました。
裁断橋ものがたりの話を知ると、胸がいっぱいになるような想いにもなりました。
母子をつなぐ素敵なものがたりを後世の子供たちにも語り継いでいってほしいですね。
裁断橋が架かる五条川には、春には綺麗な桜で包まれるそうです。
次回訪れる際は、ぜひみてみたいなと思います。
堀尾跡公園のお隣には、八剱社(はっけんしゃ)という神社がありました。
次の記事では、八剱社について紹介したいと思います。
地図・アクセス
〒480-0136 愛知県丹羽郡大口町堀尾跡1丁目50