敦賀赤レンガ倉庫:100年の歴史を持つレンガ建築物でひと休憩 ( 福井県敦賀市の旅 : 2024-07-22 )
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敦賀赤レンガ倉庫 (福井県敦賀市)
前回のブログ記事のつづき。
泉のおしょうずから、北に徒歩8分ほど進むとみえてきたのが、敦賀赤レンガ倉庫。
敦賀赤レンガ倉庫
敦賀赤レンガ倉庫とは
敦賀港の東側に2棟並んで建っている『赤レンガ倉庫』は、福井県内でも有数のレンガ建築物。2009年1月には、北棟・南棟・煉瓦塀が国の登録有形文化財に登録されました。外国人技師の設計によって1905年に建てられた当時は石油貯蔵庫として使われ、数年前までは昆布貯蔵庫としても使用されていました。2015年10月には、敦賀の明治後期から昭和初期のまちなみを再現して史実とエンターテイメント性を両立させた「鉄道と港のジオラマ」、「敦賀ならではの魅力的なレストラン」を備え、歴史と文化と食を楽しむことができる新たな観光施設として生まれ変わりました。またこのレンガ倉庫の他に、「きらめきみなと館」側には昭和レトロの雰囲気漂う現役の倉庫群があります。
(引用元:敦賀観光協会HPより)
こちらの赤レンガ倉庫には、「レストラン館」・「ジオラマ館」・「オープンガーデン」という3つのエリアがあります。
オープンガーデン
まずは屋外の「オープンガーデン」へ。
オープンガーデンとは
金ヶ崎周辺の「街」と「赤レンガ倉庫」をつなぐ場として、開放的で誰もが自由に立ち寄れるオープンガーデンです。
憩いの場やイベント広場として多目的に利用でき、レストラン館の店舗でもオープンカフェやレストランウェディングなどとして相互活用できる空間です。
敦賀産の疋田石で作った石ステージと、若木のケヤキをオープンガーデンのシンボルとして配置し、海風を感じながら散策ができ、金ヶ崎に誕生した新たな空間を演出しています。(引用元:敦賀赤レンガ倉庫公式HPより)
敦賀駅から歩き続けてきたこともあり汗だく。あまりの暑さにガーデンめぐりはやめました(⌒-⌒; )
では早速、倉庫内へ。
休憩エリアでしばしの水分補給。
なにやらかわいらしいマスコットキャラクターがお出迎え。
レストラン館
レストラン館とは
レストラン館は、アジアや大陸ヨーロッパを結ぶ港まちとしての歴史にちなみ、「海と港、国際性」をコンセプトとし、赤レンガ倉庫のレンガ造りの古き佇まいを最大限に活かし、海外や都市圏レベルの質を備えつつ、都市圏にはない敦賀ならではの魅力を醸し出します。敦賀の山海の幸をオシャレなレンガ空間でゆったり楽しめます。
(引用元:敦賀赤レンガ倉庫公式HPより)
私は、こちらにある店舗”生け簀の甲羅”にてランチをいただくことにしました。
その様子については別記事にて後日UPしますね。
ジオラマ館
ジオラマ館とは
明治後期から昭和初期にかけての敦賀のまちなみを鉄道と港のジオラマで再現し、「運転体験」や「ライブ映像」、「AR」などのエンターテイメントで、敦賀の歴史を楽しく学ぶことができる国内最大級のジオラマ館です。
また、第二次世界大戦中に多くのユダヤ難民の命を救った杉原千畝氏の偉業に関する人道の港のエピソードや北陸新幹線といった進化する交通の要衝敦賀を映像にて演出することで、過去を体感し、近未来に思いをはせることができます。(引用元:敦賀赤レンガ倉庫公式HPより)
ジオラマ館の様子については、また別記事でUPいたしますね。
おまけ
バス停に恐竜!!!
敦賀赤レンガ倉庫前のバス停にて
福井といえば恐竜ということで、バス停のイスにも出現www
赤レンガ倉庫の裏には、急行わかさ列車が展示されております。
急行わかさ列車展示
このキハ28形気動車は旧国鉄道が開発し富士重工が製造した急行形気動車です。
小浜線で急行・わかさとして1961年より38年余り福知山線や北近畿地区を中心に活躍しましたが2000年に廃車と成りました。
その後は和歌山・白浜のテーマパークを経て大阪の企業で保管されていたものを市が購入したものです。(引用元:travel.jpより)
葉原トンネルの扁額(レプリカ)
大正橋、欄干の支柱
前に流れている目倉川に架かっていた橋。
大正に造られて平成に役目を終え、敦賀港繁栄の一翼を支えた近代化遺産として記念に支柱がここに保存されていました。
敦賀の旅ブログはまだまだつづく。
◆地図・アクセス
〒914-0072 福井県敦賀市金ケ崎町4−1