旧本多忠次邸から始める岡崎市東公園散歩。名将の末裔が建てた光溢れる洋館へ (愛知県岡崎市の旅 : 2025-11-29)

 

岡崎市東公園・旧本多忠次邸(愛知県岡崎市)

2025年11月29日。秋の気配が深まり、冬の足音がすぐそこまで聞こえてくる土曜日。私は愛知県岡崎市にある「東公園」を目指して、静かな旅に出かけました。

今回の旅のハイライトは、公園の散策……の前に出会った、珠玉の建築。昭和の美意識が結晶となった「旧本多忠次邸」でのひとときを綴ります。

始まりは静寂の駅から。名鉄「男川駅」

旅のスタートは、名鉄名古屋本線の男川(おとがわ)駅。 岡崎市の中心部から少し離れたこの駅は、周囲を穏やかな住宅街に囲まれた、いかにも「地元の生活」が息づく場所です。

週末の午前中、ホームに降り立ったのは私を含めてわずか二人。走り去る電車の音を見送ると、辺りは驚くほど静かになりました。冷たく澄んだ空気が、歩き出す前の気持ちをシャンとさせてくれます。

駅から北へ向かって歩き出すと、まず目に留まったのが「白鳥神社」でした。

決して大きな神社ではありませんが、境内の掃除が行き届いており、地域の人々に大切にされていることが伝わってきます。旅の始まりに、今日一日の無事を祈願して手を合わせました。こうした「名もなき、けれど確かな信仰」に触れる瞬間が、徒歩旅の醍醐味です。

紅葉のざわめきに導かれ、東公園へ

神社を後にし、県道26号線に沿って北上を続けます。

20分ほど歩いたでしょうか。住宅街の景色が徐々に開け、右手にこんもりとした緑が見えてきました。岡崎市東公園です。

近づくにつれ、それまでの静寂が嘘のように、多くの車と家族連れで賑わっているのが分かります。それもそのはず、この日はちょうど「東公園紅葉まつり」の真っ最中。色づいた木々が、青空に映えて燃えるような赤を見せていました。

色鮮やかな紅葉の様子は、次回のブログでたっぷりとお伝えするとして、今回はその公園の入り口に佇む、ある気品あふれる建物へと歩みを進めます。

昭和の美意識に包まれる「旧本多忠次邸」

公園の敷地内に入り、すぐ左手に現れる白亜の洋館。それが「旧本多忠次邸」です。

徳川の名将を祖に持つ主の、こだわりの城

この邸宅について少し触れておきましょう。 主である本多忠次(1896-1999)は、戦国時代に徳川家康を支えた最強の武将・本多忠勝を始祖とする、旧岡崎藩主・本多家の子孫です。

しかし、この建物が最初からここにあったわけではありません。 もともとは昭和7年(1932年)、東京・世田谷の約5,000坪という広大な敷地に建てられたものでした。それを岡崎市が譲り受け、建物本体だけでなく、前庭の「壁泉(へきせん)」と呼ばれる噴水に至るまで、忠実に移築・復原したのです。

驚くべきは、忠次自身が敷地選びから設計の細部にまで深く関わっていたこと。学習院、東京帝国大学で哲学を学んだ彼が、自らの美学を詰め込んだ「理想の住まい」が、時を超えてここ岡崎に蘇っているのです。

視線を引き寄せる、白と赤のコントラスト

まず門前に立ったとき、その外観に目を奪われました。 清潔感のある白い外壁。そこに、温かみのある赤茶色の瓦屋根が乗っています。

昭和初期の洋風建築によく見られるスタイルですが、どこか凛とした、それでいて包み込むような優しさを感じさせる佇まいです。都市の喧騒から切り離されたような、静謐な時間の層がここだけ厚くなっている――そんな感覚に陥り、自然と足取りがゆっくりになります。

玄関をくぐり、中へ。 一歩足を踏み入れた瞬間、私は言葉を失いました。

光と影が織りなす「生活の気配」

窓ガラス越しに差し込む、柔らかな冬の光。 木製の窓枠、真鍮の取っ手、丁寧に磨き上げられた床。 派手な装飾で誇示するのではなく、素材の良さと計算された配置がもたらす「上質な普通」がそこにはありました。

応接室から各部屋を巡ってみると、住まい手である忠次の視線がどこにあったのかが伝わってきます。 「どこに立てば、外の景色が一番美しく見えるか」 「光をどう取り込めば、心が安らぐか」 家具や照明の一つひとつが、まるで今もそこで誰かが暮らしているかのような「生きた気配」を纏っています。展示物を見ているというより、親しい友人の家にお邪魔しているような、不思議な安心感に包まれるのです。

景色と溶け合う「サンルーム」

そして、この邸宅で最も私の心を揺さぶった場所。

和室を通り抜け、奥へと進んだその先。 突如として、視界がパッと開けます。

そこは、建物の角からせり出すように作られた「展望の小部屋」。 6枚の大きな窓ガラスにぐるりと囲まれたその空間は、室内にいながらにして、まるで外の世界へ一歩踏み出したかのような浮遊感があります。

窓の外には、東公園の木々が目の高さに広がっています。 紅葉の赤、常緑樹の緑、そして澄み渡る冬の空。 壁に守られた安心感の中にいながら、季節の風や光の揺らぎがダイレクトに伝わってくる。内と外の境界が溶けて無くなるような、極めて特別な空間でした。

「この家は、景色と一緒に暮らすために作られたのだな」

そう確信させてくれる、静かで、力強い眺望でした。

旅の終わりに:贅沢な出会いに感謝を

これほどまでに美しく、歴史的価値も高い建物。 なんと、ここでは見学料が無料なのです。

岡崎市の文化に対する懐の深さに、ただただ驚き、感謝するしかありません。 当初は「公園の紅葉をメインに……」と考えていた旅でしたが、思いがけず出会ったこの「旧本多忠次邸」こそが、私の心に最も深い足跡を残してくれました。

もし、岡崎を訪れることがあれば。 東公園の賑わいに足を踏み入れる前に、ぜひこの静かな邸宅の窓辺に立ってみてください。 そこには、昭和の智性が愛した、変わらぬ季節の風景が広がっています。

さて、旧本多忠次邸でたっぷり心を整えた後は、いよいよ「東公園紅葉まつり」の喧騒へと飛び込みます。 その様子は、次回の更新で!

地図

〒444-0011 愛知県岡崎市欠町足延40−1

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