近江鉄道で五箇荘へ【中編】五個荘金堂の町並みを歩く。五個荘近江商人屋敷 外村繁邸 ( 滋賀県東近江市の旅 : 2025-09-14 )

 

重要伝統的建造物群保存地区・五個荘近江商人屋敷 外村繁邸(滋賀県東近江市)

■ 残暑の境内を抜け、北へ歩きだす

東近江市近江商人博物館をあとにして、私はそのまま北へ向かって歩き始めました。日差しはまだ強く、頭上ではセミが一心に鳴いています。季節の境界を思わせる涼しい風がときどき吹くものの、まとわりつくような温度は夏そのもの。「秋」はまだ道の向こうを歩いている、そんな気配でした。

歩きながら耳に届くセミの声は懐かしく、むしろ旅情を添えていました。町に点在する神社――日若宮神社、大城神社――では蝉しぐれがさらに響き渡り、木の影が揺れるたび、夏の残り火が境内にきらりと反射していました。

そこからさらに北へ。住宅の雰囲気が落ち着きを帯びはじめ、気づけば町並みは少しずつ歴史の濃さを纏いながら深まっていきました。

■ 白壁と水路がつくる、時間のゆらぎ

――重要伝統的建造物群保存地区へ

やがて視界がふっと開け、白壁が連なる静かな一帯へ足を踏み入れました。

ここが、五個荘金堂の重要伝統的建造物群保存地区。
国が保護・保存する貴重な町並みであり、江戸後期から昭和初期まで、近江商人の本宅や農家住宅が数多く残る地域です。1998年12月に重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。

まず目に入るのは、安福寺の屋根に鎮座したしゃちほこ。

誇らしく天を仰ぎながらも、どこかこの町を柔らかく見守っているようでした。弘誓寺へ向かう道には澄んだ水路が流れ、錦鯉がゆったりと泳いでいます。

残暑などどこ吹く風と言わんばかりに尾を揺らす鯉たちの姿に、こちらの心までふわりとほぐされていきます。

白壁と黒板のコントラストは午後の日差しを受けて一段と際立ち、まるで町が光のなかで沈んだり浮かんだりしているかのような、不思議なゆらぎを生んでいました。
歩くだけで、時間の層がゆっくりとめくれていく――そんな感覚に包まれます。

そのとき、視界の端に白い影が立ちました。道路のど真ん中に、一羽のサギ。


旅人を驚かすでもなく、ただこの町の空気に溶け込むかのように静かに佇んでいます。

首をゆっくり動かすその優雅な仕草は、町の静謐さを象徴しているようで、思わず見入ってしまいました。

■ 外村繁邸で味わう、商人屋敷の呼吸

さらに散策を続けると、重厚な屋敷が姿を現します。
五個荘近江商人屋敷――外村繁邸です。

門構えからして威厳が漂い、瓦屋根の光沢には積み重ねてきた時間の重みが宿っています。玄関を入ると、土間のひんやりとした空気が全身を包み込み、まるで別の時代へ足を踏み入れたかのような感覚に襲われました。

主屋の間取りは商家の典型で、土間、客間、書院が整然と並び、生活の律動が静かに残されています。部屋から眺める庭はどこから見ても構図が整い、光の角度が変わるたびに表情が変わるのが印象的でした。

蔵は文学資料館として公開されており、外村繁の作品や写真、手紙が整然と展示されています。些細な書簡にも当時の空気が宿っていて、一枚一枚が過去への扉のようでした。

なかでも心惹かれたのは庭園です。石組みと水の流れ、植栽が丁寧に配置され、庭そのものが大きな一枚絵のようでした。

水面に映る空や木々の影がゆっくり揺れるのを眺めていると、ふと「ここに泊まれたらどれだけ贅沢だろう」と思ってしまうほど。
旅の途中でこうした“静かに心がほどける瞬間”に出会えるのは、何よりのご褒美です。

屋敷を出ると、少しだけ日差しがやわらいで見えました。振り返ると、白壁の町並み、さっきのサギの姿、そして遠くに響くセミの声が一本の線を引くようにつながり、今日の歩みそのものが一つの物語になっているようでした。

このあと向かうのは、中江準五郎邸。
次編では、さらなる五個荘の魅力をめぐり歩きます。どうぞお楽しみに。

地図

〒529-1405 滋賀県東近江市五個荘金堂町631

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