金ヶ崎城跡・月見御殿跡:「金ヶ崎の退き口」で知られる朝倉氏一族のお城 ( 福井県敦賀市の旅 : 2024-07-22 )
金ヶ崎城跡 (福井県敦賀市)
敦賀の旅のつづき。
敦賀赤レンガ倉庫でしばし休憩した後は、金ヶ崎城跡方面に進むことにしました。
金ヶ崎城跡とは
敦賀湾を一望する小高い山にある金ヶ崎城跡。様々な時代の逸話がありますが、 平安時代末期、治承・寿永の乱(源平合戦)の時代に、平通盛が北陸で勢力を持つ木曾義仲に対抗するため城を築いたのが最初と言われています。南北朝時代の延元元年(1336年)、恒良、尊良両親王を守護した新田義貞が足利軍と戦った古戦場として知られ、戦国時代には、織田信長が越前朝倉攻めの際に浅井長政に裏切られ、決死の撤退戦を強いられた「金ヶ崎の退き口」において、窮地を救った明智光秀・豊臣秀吉の殿(しんがり)の地としても知られています。
現在、金ヶ崎城址の麓には金崎宮(かねがさきぐう)が建っています。
(引用元:福井県公式観光サイトより)
恋の宮といわれる金崎宮からさらに小高い山を登ることへ。
敦賀湾の全貌がみえてきました。
このあたりからなかなかの険しい山道へ。
33℃近い暑さ・・・さすがにバテてきました…こんな炎天下で同じように山登っている人はひとりもおらず。
倒れたらまず助からない(⌒-⌒; )
金ヶ崎城跡・月見御殿跡(展海広場展望所)
金ヶ崎城跡周辺に到着。
金ヶ崎城の石標が近くにあるはずなのですが・・・疲れ切っていたためか見つけれず。
城跡目的のはずが、月見御殿跡(展海広場展望所)からの景色をみて満足して帰りました(笑)
金ヶ崎城跡にある南北朝時代の金ヶ崎の戦いの古戦場碑
月見御殿跡(展海広場展望所)
敦賀新港(新日本海フェリー)
あそこから北海道 苫小牧に行けるんですよね〜。
敦賀の旅はそろそろ終盤へ。
つづく。
◆地図・アクセス
〒914-0071 福井県敦賀市泉1