静寂に包まれる祈りの空間:約10年ぶりの豊川稲荷再訪記(愛知県豊川市の旅:2025-04-26)
飯田線の途中下車、記憶を辿るように
今回の旅は、愛知県の豊橋駅から始まりました。飯田線沿いをめぐる小さな旅。
電車に揺られて移動する中、ふと訪れたくなった場所がありました。それが、豊川駅近くにある「豊川稲荷」です。
次に乗る予定の電車まで、1時間15分以上の空き時間がありました。その限られた時間の中で、思い出の場所に足を向けることにしたのです。
豊川稲荷を訪れるのは約10年ぶり。最後に来たのは、2015年頃だったでしょうか。あの頃は、BABYMETALという音楽グループに熱中していて、彼女たちの象徴ともいえる“お狐さん”を求めてこの場所にたどり着いた記憶があります。
駅から豊川稲荷までの道のりは、昔ながらの表参道が続いています。まだ午前10時前とあって、参道には静けさが漂っていました。
歩きながら、当時立ち寄ったお店を思い出そうとするのですが、すでにそのほとんどは様変わりしており、まるで知らない街に足を踏み入れたような不思議な感覚に包まれます。けれども、空気の匂いや遠くから響く鐘の音は、10年前と同じく、静かに心に沁みてくるものでした。
門構えに込められた美と威厳
豊川稲荷(正式には妙厳寺)は、鎌倉時代に創建された歴史ある寺院です。まず最初に出迎えてくれるのが、「妙厳寺 総門」。
現在の総門は明治17年(1884年)に再建されたもので、欅の一枚板を使った門扉や銅板の屋根、唐金手彫の金具など、細部にまでこだわり抜かれた建築美に目を奪われます。特に欅の木目「如輪目」は専門家の間でも非常に貴重なものとされており、ただの門ではなく、美術工芸品としての存在感すら感じられます。
その総門をくぐり、境内を進むと、次に立ちはだかるのが「山門」。
天文5年(1536年)、今川義元によって寄進された建物で、妙厳寺に現存する最古の建築物です。丸瓦葺きの屋根が特徴で、柱や梁に歴史の重みが刻まれています。左右に立つ仁王像も含めて、山門には威厳と神聖さが同居しており、ただの通路ではなく“結界”を越えるような厳粛な空気を感じました。
大本殿と法堂、荘厳なる祈りの中心
そしていよいよ、大本殿へと足を運びました。
豊川稲荷大本殿は、明治・大正・昭和の三世代にわたって建設が進められ、昭和5年に完成した総欅造りの巨大な建物です。高さ30.6メートル、奥行き38.59メートル。内部には、通称「豊川稲荷」と呼ばれる「豐川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)」が祀られており、全国の信者から厚い信仰を集めています。
本殿に使われている丸柱は全部で72本。太さは最大で直径90センチメートルにも及び、その壮麗な造りは、まさに「祈りの殿堂」と呼ぶにふさわしい存在感です。内部には、有栖川宮家から下賜された「豐川閣」の額も掲げられており、格式の高さを感じさせられます。
この日は、法堂で千手観世音菩薩の特別拝観も行われており、その静かでやさしいまなざしの観音像を目の前に、心が静かに整えられていくのを感じました。
霊狐塚――信仰の積み重ねが形を持つ場所
そして旅の最後に訪れたのが、「霊狐塚」です。
境内の最奥に位置するこの場所は、祈願成就の御礼として信者が奉納した狐像がおよそ一千体も祀られている、豊川稲荷の中でもとりわけ神秘的な聖域です。
狐像のひとつひとつには、巻物や宝珠、鍵などを持ったさまざまな姿があり、どれもが祈りと感謝の象徴としてそこに存在しています。多くの人々の想いが形となって並ぶその風景は、まさに「信仰の積層」。時間と想いが幾重にも折り重なりながら、今なおこの地に生きているのです。
10年前、私がこの場所を初めて訪れたときも、その狐像たちの姿に心を動かされました。しかし今回は、ただ珍しがって見つめていたあの頃の自分とは異なり、それぞれの狐像の背景にある祈りや物語に思いを馳せる自分がいました。年齢を重ね、旅の仕方やものの見方が変わったことを、静かに教えてくれる場所でもありました。
霊狐塚に吹く風は、どこかひんやりとしていて、それでいてやさしく、神聖な空気に満ちています。ここに立つと、日常の喧騒から一歩離れ、自分と静かに向き合える時間が生まれるような気がします。
忘れがたい時間、そして祈りのかたち
短い滞在ではありましたが、10年ぶりに訪れた豊川稲荷では、変わらぬ風景と、変わりゆく自身の心に触れることができました。建築としての美しさ、歴史の重み、そして何より多くの人々の祈りが今なお息づく空間としての豊川稲荷――そのすべてが、ただの観光以上の意味をこの旅に与えてくれた気がします。
表参道のにぎわいは少し変わったかもしれません。かつての店がなくなっていたとしても、総門の荘厳さ、大本殿の静けさ、霊狐塚の神秘性は、しっかりと私の記憶と心に残り続けていました。
今回の旅は、歴史ある建築と、祈りの深さに触れ、自分自身の歩みを見つめ直すような時間でもありました。
再訪のきっかけは偶然でしたが、思いがけず心に残る旅となりました。
所在地
〒442-0033 愛知県豊川市豊川町1
豊川稲荷HP:https://www.toyokawainari.jp/