古川美術館分館 爲三郎記念館 & 数寄屋カフェ― 数寄屋建築の粋と静寂の時間 ( 名古屋市千種区の旅 : 2025-06-15 )
古川美術館分館 爲三郎記念館 & 数寄屋カフェ (名古屋市千種区)
本館から分館へ
名古屋市千種区にある古川美術館。その本館で長谷川喜久氏の日本画展を堪能したあと、私は少し足を伸ばして分館「爲三郎記念館」へ向かいました。距離にして徒歩数分。街の喧騒を離れ、住宅街の一角に静かに佇むその建物は、初めて訪れる私にとっても不思議な懐かしさを感じさせます。
ここは、地元経済界の実業家であり文化人でもあった古川爲三郎の旧邸宅を保存・公開した施設。昭和初期に建てられた数寄屋建築の邸宅は、茶の湯の精神を色濃く反映し、今では「日本文化の香りを体感できる空間」として多くの人々に親しまれています。
数寄屋建築の佇まい
門をくぐると、まず目に入るのは木造建築特有の柔らかな輪郭。爲三郎記念館の建物は、茶室建築を基調に住宅としての機能を組み合わせた「数寄屋造り」で、贅を競うのではなく、自然との調和や質素な美を大切にした様式です。
館内へ足を踏み入れると、ふっと木の香りが漂ってきました。柔らかな光が障子越しに差し込み、外の緑を室内へと取り込みます。欄間の細工や建具の意匠には職人の技が凝縮されており、繊細でありながら凛とした美しさを感じます。廊下を歩くと足裏に伝わる木の温もりが心地よく、時を超えて住まいとしての息遣いが残っているようでした。
入り口近くにはお土産を扱う小さなスペースがあり、和雑貨や絵葉書、展覧会図録などが並びます。館を訪れた記念に、心に残るひと品を持ち帰ることもできるのが嬉しいところです。
茶の湯を意識した間取り
館内を巡っていくと、小間の茶室や広間、書院風の部屋が続き、それぞれが茶の湯を意識した造りになっているのが印象的でした。床の間には掛け軸や花入れがさりげなく飾られ、訪れる季節ごとに異なる趣を添えています。
今回の展示では、本館に引き続き長谷川喜久氏の作品がいくつか配置されており、伝統的な数寄屋建築の空間と現代の日本画が響き合うような雰囲気が生まれていました。木の温もりに包まれた部屋で絵を鑑賞していると、美術館というよりも「客人として迎えられた邸宅」で芸術を味わっているかのようで、不思議と心が落ち着きます。
数寄屋カフェでひと息
そして、爲三郎記念館の魅力のひとつが「数寄屋カフェ」。各部屋からは庭園を眺めることができ、その景色を背景に抹茶と和菓子を楽しめます。
この日いただいたのは、点てたばかりの抹茶と、地元老舗菓子舗から取り寄せた季節菓子「濡れつばめ」。
抹茶はきめ細やかな泡が美しく、口に含むとほのかな苦みと香りが広がります。その後にいただく和菓子の甘みが絶妙な調和を生み、口の中で静かに季節の気配を感じさせてくれました。
障子越しに庭を眺めながら一服する時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれます。鳥のさえずりや風に揺れる木々の音を耳にしながら、五感を澄ませて過ごすひとときは、まさに至福の時間でした。
庭園散策の楽しみ
お茶をいただいたあとは、庭園へと足を運びました。池泉回遊式の小さな庭園ながら、石組みや植栽の配置が巧みで、歩を進めるごとに景色が切り替わっていきます。
庭の正面から池を望めば、石橋と水面に映る木々が一幅の絵画のように映えます。建物の縁側に腰を下ろすと、障子越しに切り取られた庭の風景がまるで掛け軸のように見え、まさに「見立ての美」を体感できます。
庭の一角には茶室へ続く露地があり、苔むした石畳や蹲(つくばい)がひっそりと佇んでいました。庭の設えは四季折々の表情を持ち、春にはサツキやツツジ、夏は青々とした木々、秋には紅葉、冬には雪景色と、訪れるたびに異なる姿を見せてくれるそうです。季節ごとに歩を進めれば、また新たな発見があるに違いありません。
心に残る初訪問
今回、初めて爲三郎記念館を訪れましたが、建物と庭園、そして数寄屋カフェのすべてが調和しており、心から安らぐ時間を過ごすことができました。数寄屋建築の繊細な美と、日本庭園の奥深い工夫、さらに抹茶と和菓子を味わうひととき。それらが織りなす体験は、単なる鑑賞にとどまらず「生活の中に息づく文化」を感じさせてくれます。
また違う季節に訪れてみたい。春の花や秋の紅葉、冬の雪景色の中でこの建物と庭園を味わえば、今回とはまったく異なる表情を見せてくれるはずです。
おわりに
古川美術館本館での日本画展に続き、分館・爲三郎記念館で味わった数寄屋建築と庭園、そして数寄屋カフェでの抹茶と和菓子。芸術と生活文化が重なり合う時間は、心を静かに整えてくれるものでした。
名古屋にありながら、まるで遠い旅先に来たような感覚を与えてくれる爲三郎記念館。またいつか、季節を変えて再訪したいと思います。
地図
〒464-0065 愛知県名古屋市千種区堀割町1丁目9