人道の港 敦賀ムゼウムと赤レンガ倉庫を巡って ( 福井県敦賀市の旅 : 2025-07-03 )

 

人道の港 敦賀ムゼウム・敦賀赤レンガ倉庫(福井県敦賀市)

金ヶ崎緑地をあとにして、港沿いの道を北へ。
潮風を感じながら歩いていくと、穏やかな敦賀湾の先に「人道の港 敦賀ムゼウム」の白い建物が見えてきました。
ここは、かつての敦賀港に上陸した人々の記憶を今に伝える資料館。
静かな港町に建つその姿は、どこか祈りのような雰囲気をまとっています。

人道の港 敦賀ムゼウムを訪ねて

人道の港 敦賀ムゼウム」は、1920年代にポーランド孤児が、そして1940年代には「命のビザ」を携えたユダヤ難民が敦賀港に上陸した歴史を伝える施設です。


ポーランド語で“資料館”を意味する「ムゼウム」という名の通り、ここでは彼らの旅路と、それを支えた敦賀市民の行為が静かに紹介されています。

館内に入ると、まず目に入るのは大型スクリーンによる映像展示。
当時の時代背景や敦賀港の役割をわかりやすくまとめた映像が流れ、
異国の地に降り立った人々の不安と希望、そして迎え入れた人々の温かさが淡々と描かれています。

展示室には、ポーランド孤児が日本で過ごした際の写真や、ユダヤ難民が残した手紙、そして彼らを支えた人々の証言などが並んでいました。
その一つひとつが小さな物語のようで、
ページをめくるたびに、過去の敦賀港に流れていた「やさしさの時間」を感じることができます。

派手な演出はありませんが、静けさの中に深い余韻が残る空間。
見終えたあとも、心の中で波紋のようにその想いが広がっていく――そんな印象の施設でした。

港の風とともに歩く

ムゼウムをあとにすると、目の前には穏やかな敦賀湾が広がっています。
海風がやさしく頬をなで、遠くには貨物船がゆっくりと動いていました。
波の音を聞きながら、次の目的地である「敦賀赤レンガ倉庫」へと足を進めます。

港沿いの道はどこか懐かしい雰囲気で、
潮の香りの中に古い港町の記憶が溶け込んでいるようです。
足元には、かつて貨物を運んだ鉄道の線路跡。
その上を踏みしめるたび、かつての賑わいがふっと蘇るような感覚になります。

やがて見えてきたのは、赤レンガの壁が美しく並ぶ建物群。
1年ぶりに見る「敦賀赤レンガ倉庫」です。
昨年に続き、今回もこの場所を旅の締めくくりに選びました。

生け簀の甲羅 敦賀赤レンガ店での贅沢な昼食

目的は、館内にある「生け簀の甲羅 敦賀赤レンガ店」での昼食。

生け簀の甲羅(敦賀赤レンガ倉庫内):甘みがたっぷり、炙り海鮮丼を食らう! ( 福井県敦賀市の旅 : 2024-07-22 )


前回訪れた際にいただいた「炙り海鮮丼」が忘れられず、今回も迷わず同店へ足を運びました。

席に着くと、窓越しに港の風景が広がり、船の汽笛が遠くに響きます。
穏やかな午後の光が差し込む中、今回は「特上海鮮丼(2780円)」を注文。

丼が運ばれてくると、目の前が一気に華やぎます。
マグロ、ハマチ、サーモン、イクラ、ホタテ、ボタンエビ――
まるで宝石をちりばめたような盛り付けに、思わず息をのみました。

どのネタも新鮮そのもので、ひと口ごとに海の香りと甘みが広がります。
中でも印象的だったのが、白身魚の“ハタ”。
上品な脂と、こりこりとした歯ごたえが見事で、口に運ぶたびに思わず頬が緩みました。
味噌汁の出汁も優しく、旅の疲れを包み込むように染みわたります。

「このためにまた敦賀へ来た」と言っても過言ではない満足感。
旅の中で食事が記憶に残ることはそう多くありませんが、
この店の海鮮丼は、私の中で確実に“敦賀の味”として刻まれています。

食後、店を出て赤レンガ倉庫の外に立つと、潮風が心地よく頬をなでました。

また来年も、この赤レンガの前で同じ風を感じながら、
新しい敦賀の表情に出会いたい――そう心に誓い、港をあとにしました。

地図

〒914-0072 福井県敦賀市金ケ崎町4−1

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