豊田市博物館と豊田市美術館(「モネ ― 睡蓮のとき」展)をめぐる一日旅【後編】 ( 愛知県豊田市の旅 : 2025-07-21 )
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豊田市美術館(愛知県豊田市)
新豊田駅から北へと向かう道を歩いていくと、視界が明るく開け、白い外壁と緑が織りなす印象的な景観が現れます。豊田市美術館は、建物そのものが芸術作品のように佇み、訪れるたびに胸が高鳴る場所です。
2022年7月17日、この日は3年ぶりの訪問でした。前回来た当時は博物館が工事中だったため、隣接する両施設を一度の旅で巡れる日を心待ちにしていました。美術館へ向かいながら、「ようやくこのセットで訪れられるようになったんだなぁ」と自然と笑みがこぼれます。
美術館が生み出す、非日常の空気
豊田市美術館は、展示を目的としない人でも“建物を見るために訪れる価値がある”空間です。広い敷地に静かに配置された建築、緑と影のバランス、水盤に映る空の色──訪れる人の心を穏やかに解きほぐしてくれる場所だといつも感じています。
館内に入ると、建築家・谷口吉生が作り上げたミニマルな空間が迎えてくれます。廊下に落ちる影、ガラス越しの庭園、柔らかく差し込む自然光。その一つひとつが美しく、どこに立っても“絵になる風景”が広がっています。この空気感は、言葉で説明するより現地で体験する方が圧倒的に心に残ります。
そんな空間に浸りつつ、今回の目的地「モネ ― 睡蓮のとき」展へ向かいました。ありがたいことにほとんど並ばず入場でき、すんなりと展示室へ進むことができました。
「モネ ― 睡蓮のとき」展
「モネ ― 睡蓮のとき」展は、クロード・モネが晩年を過ごしたフランス・ジヴェルニーの自宅庭園と、そこで描き続けた睡蓮の作品群を中心に構成された展覧会です。モネは自邸に池を造り、光や天候、時間帯によって変化する水面の表情を捉えようと、何十年にもわたって睡蓮を描き続けました。本展では、その長い制作の歩みが時系列で紹介され、若い頃の写実的な筆致から晩年の抽象性へと移り変わる過程をたどることができます。
展示では、光と色彩をテーマにした作品が多数並び、季節や時間による水面の微妙な変化が丁寧に表現されていました。池を囲む柳や橋、空を映す水面、花々が淡く浮かび上がる構図など、モネが捉えた情景の多様さを比較しながら見られる点も魅力です。
また、制作当時のアトリエの様子や、モネが庭づくりに没頭した背景を示す資料も紹介され、彼がいかに“庭とともに生き、庭を描いた画家”であったかが伝わってきます。さらに一部の展示室では作品の撮影も可能となっており、静かな空気の中で写真を撮る来館者の姿が印象的でした。光を描く画家モネの世界を存分に味わえる展示となっていました。
モネの色の変化に思いを馳せて
実は私、親が絵描きでありながら、絵についてはまったくの素人です。それでも睡蓮シリーズの前に立つと、胸の奥にふわりと温かいものが宿るような、不思議な感情に包まれました。
特に晩年の作品は、白内障の進行によってモネ自身の視覚が変化していたことを踏まえると、その色使いがより一層深く響いてきます。赤や紫、茶色の割合が増え、輪郭は曖昧に溶け合うように広がる画面。その中には、衰えゆく視力の不安より、光を追い続けようとする静かな意志のようなものが感じられます。
視界が濁る中で描いた世界は、当時のモネが「本当に見ていた光景」なのか、それとも「見たいと願った景色」なのか。作品に寄り添いながら、そんなことを何度も考えました。
美しいとかすごいとか、単純な言葉では表現できない、複雑で奥深い時間がそこには流れていました。
撮影可能エリアの楽しさと、小さな後悔
展示の終盤には、撮影可能な部屋が用意されていました。美術館で撮影が許可されている空間は貴重で、その場にいた多くの人が静かにカメラを構えていました。私もつい夢中になって何枚か写真を撮り、後で見返すとその時の静かな空気まで思い出せるような気がして、うれしくなりました。
そしてもう一つ、展示を見終えた後にふと胸に残ったものが“後悔”。
並ばず入れた安心感から、今回は音声ガイドを借りなかったのですが──なんとナビゲーターが大好きな 石田ゆり子さん だったのです。

「借りておけばよかった…」と、帰り道で何度つぶやいたことか。次回は迷わずレンタルしようと心に決めました。
帰路に感じた、また来たくなる理由
美術館を出ると、夕方の光が水盤に淡く反射していました。静かな風が肌を撫で、充実した一日の余韻がじんわりと広がります。新豊田駅へ向かう道も、行きとはまた違った落ち着きを帯びていて、散策気分を楽しみながら歩くことができました。
ただ、今回は帰り道に少し変化をつけてみることにしました。帰りは新豊田駅から愛知環状鉄道に乗り、瀬戸市駅へ向かうルートを選択。
ローカル線の穏やかな揺れと窓からの景色が心地よく、旅の締めくくりにぴったりの時間となりました。
瀬戸市駅で降り、すぐ近くにある名鉄瀬戸線・新瀬戸駅へ歩いて乗り換えます。この乗り換えは距離も近く、迷うこともなくスムーズ。あとは名古屋方面へ向けて電車に揺られるだけです。帰路に少し変化をつけると、「まだ旅が続いている」ような感覚が生まれ、何となく嬉しくなりますね。
今回、豊田市博物館と豊田市美術館をセットで巡り、展示や建築の魅力だけでなく、移動や道のりそのものが旅の楽しさを形作っていることを改めて感じました。季節や時間帯が変われば、同じ道でもまったく違う表情を見せてくれます。
また光が変わる季節に、ふらりと訪れたい。
そんな思いを胸に、新瀬戸駅で電車を待ちながら、一日の心地よい余韻に浸りました。
地図
〒471-0034 愛知県豊田市小坂本町8丁目5−1


















