関宿 (3):地蔵院門前の町並み / 福蔵寺:織田信孝の菩提寺(三重県亀山市の旅:2024-04-12)

 

三重県亀山市の関宿をぶらり散歩。

 

関宿 (3):地蔵院門前の町並み / 福蔵寺(三重県亀山市)

関宿は、西〜東まで1.8kmもあるため、見どころがたくさん。

そのため、エリアを分けて何回かに分けてご紹介していきたいと思います。

今回は、地蔵院門前の町並みと福蔵寺をご紹介します。

 

地蔵院門前の町並み

「会津屋」は関宿を代表する旅籠のひとつです。もとは山田屋といい、小万が育ったことで知られています。二階に洋風意匠の窓がついた「洋館屋」、米をつく水車の音から名付けられたという「川音」、伝統のある鍛冶屋など、特色のある町屋が並んでいます。

(引用元:亀山市 市民文化部文化課の観光パンフレットより)

 

地蔵院門前は、関宿でもっとも観光客が集まるエリア。

今回は訪れませんでしたが、会津屋の山菜おこわは絶品で、週末になると多くの観光客で賑わう人気店です。

 

いっぷく亭 地蔵町(関宿散策拠点施設)

 

 

福蔵寺(織田信孝の菩提寺)

福蔵寺とは

清浄山福蔵寺(ふくぞうじ)は三重県亀山市関町木崎に境内を構えている天台真盛宗の寺院です。
福蔵寺の創建は天正11年(1583)、織田信長の3男織田信孝の菩提寺として開かれたのが始まりとされます。

信孝は信長が本能寺の変で倒れると豊臣秀吉と家督争いで対立し、後見人だった柴田勝家が賤ヶ岳の戦いで敗れると、秀吉に組した2男織田信雄によって居城である岐阜城(岐阜県岐阜市)が取り囲われ降伏、大御堂寺で切腹し検視役だった大塚俄左衛門が福蔵寺に持ち帰り篤く葬ったと伝えられています。

境内には女性ながら亀山城下で武芸を習い、見事本懐を遂げた小万の墓が建立され亀山市指定史跡に指定されています(小万は本懐の後、関宿の山田屋に住んでいました。享年36歳)。又、英照皇太后が宿泊した書院や萩屋脇本陣から移築された門が残されています。

鈴鹿馬子唄にも唄われる関の小万は、女の身でありながら父の敵討をした烈女として名高いが、その墓が境内に安置されている。

引用元より)

 

織田信長の3男織田信孝の菩提寺であり、埋葬したお寺。

関の小万の墓も境内に安置されているとのこと。

小万とは誰?と思い、調べてみると・・・

 

関の小万とは

東海道五十三次の47番目の宿場である関宿は、今も宿場町の古い町並みが残る。その旧街道に面した場所にあるのが福蔵寺である。創建は天正11年(1583年)、織田信長の三男・信孝の菩提寺として知られる。その境内にあるのが、関宿の伝承として広く知られる“関の小万”の墓碑である。

久留米藩の剣術指南役・巻藤左衛門は、口論から同僚の小野元就に騙し討ちで殺害される。逐電した小野は名を小林軍太夫と変えて亀山藩に仕官したとの話を聞き、身重であった巻藤の妻は仇討ちを志願して上方へ赴き、さらに鈴鹿の関を越えた関宿へたどり着いた時に産気付き一人の女児を産む。しかし産後の肥立ちが悪く、止宿していた旅籠の山田屋主人夫婦に自らの仇討ちの件を伝え、女児を託して亡くなったのである。

山田屋の吉右衛門夫婦は、残された女子を“小万”と名付けて我が子同様育てた。そして15才の折、夫婦は実の両親の一件を小万に伝え、小万は父の仇討ちを決意した。吉右衛門は亀山藩家老の加毛寛斎に子細を告げて助力を頼み、小万は亀山藩の剣術指南役の榊原権八郎の道場で剣術を学ぶことになる。

新陰流の使い手である榊原は小万に“突き”のみを伝授し、ひたすらそれを会得するため、毎日関宿から亀山城下までを歩いて通った。関宿では美貌の娘が城下まで剣術を習い行くのを興味津々で見る若い男がからかい半分で言い寄ってきた。小万はそれを避けるため、関宿の東はずれにある松の木の隠れて時を過ごしたとされる。今も旧街道に面した場所に、その松の木があった場所が残され“小万もたれ松”と呼ばれている。

3年の修行を経た天明3年(1783年)8月、馬子に変装した小万は、亀山城大手門前で小林軍太夫が下城するのを待ち構え、見事“突き”で父親の仇を討った。この快挙は亀山城下や関宿は勿論、各地でも大いに喧伝された。しかし小万は久留米藩に帰参せず、今まで通り山田屋で働き続けた。山田屋はこの美貌の女剣士見たさに大層な人気となって、賑わったという。そして小万は享和3年(1803年)に38才で亡くなり、福蔵寺に葬られた。

その後も山田屋は関宿で商いを続け、現在は“会津屋”の屋号で昔のままの場所で店を構えている。

(引用元:日本伝承大鑑サイトより)

 

時代劇にもなりそうなほどの仇討ち物語でした。

しかもその小万を育てたお店が、山菜おこわで有名な“会津屋”だったとは!

いやぁ〜宿場町になにげなくあるお寺なのに、こんな物語や、織田家の菩提寺だとか歴史深くてびっくりしました。

 

 

関宿の旅はまだまだつづく。

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所在地

〒519-1107 三重県亀山市関町中町417

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