文豪たちのまなざしに触れる場所──蒲郡・海辺の文学記念館への旅 ( 愛知県蒲郡市の旅 : 2025-04-05 )
海辺の文学記念館(愛知県蒲郡市)
竹島を囲む海風と潮の香りに包まれながら、私は蒲郡の象徴ともいえる竹島の散策を終えました。
小さな島に架かる竹島橋を渡り、八百富神社をお参りしたあとは、篠津遥拝所にも立ち寄って、竹島を少し離れた場所からもう一度静かに見つめ直す時間を持ちました。
そこからは、海沿いの道「三河湾国定公園」を東へと歩きます。
観光客が多く行き交う道では、鳩やとんびが空を舞い、うっかりすると食べ物をさらわれそうになります。
そんなにぎやかな海辺の散歩道の途中、ふと目に留まったのが、趣ある建物と手入れの行き届いた美しい庭園でした。
控えめな佇まいながらも、どこか凛とした存在感のあるその建物には「海辺の文学記念館」と書かれた看板が。
気になって、自然と足が中へと向かいました。
文人たちが愛した「常磐館」の記憶を受け継ぐ場所
「海辺の文学記念館」は、かつてこの地にあった旅館「常磐館」の趣を再現した文学記念館です。
常磐館は、明治の末期から昭和にかけて多くの文人に愛された名旅館で、その眺望の素晴らしさから特に人気を博していました。
この地の美しさは「海の眺めは蒲郡」と鉄道唱歌にも歌われるほどで、竹島とその周辺の海岸は、古くから東海地方屈指の保養地として知られています。常磐館に滞在した文豪たちの顔ぶれは実に華やかで、菊池寛、志賀直哉、谷崎潤一郎、山本有三、川端康成、井上靖といった日本文学の重鎮たちが、それぞれの視点で蒲郡の風景や海の素朴な美しさを描写してきました。
そんな歴史を静かに物語るように、館内には文人たちの資料や直筆原稿、写真などが展示されており、どの部屋も落ち着いた雰囲気。蒲郡出身の直木賞作家・宮城谷昌光氏や、現代を代表する芥川賞作家・平野啓一郎氏の紹介もあり、文学好きにはたまらない空間です。
時を超える“時手紙”と、お抹茶のひととき
館内をのんびり見学していると、窓の向こうに再び竹島が見えてきます。そこには、旅の最初に見た竹島とはまた違う静かな表情がありました。まるで文学の一節のように、同じ風景でも場所や視点が変わると感じ方も変わる──そんなことを思わせてくれます。
館内の一角では、干菓子付きでお抹茶をいただくことができます。私は迷わず座って、一杯の抹茶でひと息。落ち着いた空間に身を委ねながら、窓の外の景色と静かに向き合う時間は、まさに贅沢の極みでした。
また、館内には「時手紙(ときてがみ)」というユニークな仕掛けもあります。
これは、5年後や10年後の自分や大切な人に向けて手紙を出すことができるポストで、思いを未来へ託すという特別な体験ができます。旅の記憶を手紙に込めて、未来の自分へ贈る──そんな詩的な時間を楽しむのも、この場所ならではの魅力です。
令和の私も魅了された、文人たちの風景
大正・昭和の文人たちが愛した趣ある建物「常磐館」の記憶を受け継ぎ、静かに佇む「海辺の文学記念館」。その魅力は、令和の時代を生きる私にとっても、十分すぎるほどに心に響くものでした。
単なる文学資料館ではなく、風景と歴史と人の想いが一体となった空間。ここを訪れることで、蒲郡という地がいかに多くの人に愛されてきたのかを実感できます。そして、海と文学と、ひとときの静寂に包まれた時間は、旅の思い出として心に深く刻まれました。
今回の旅は、ただの「文学館巡り」ではなく、地域の歴史や文化、人々の想いに触れる時間でもありました。
地図
〒443-0031 愛知県蒲郡市竹島町15−62