五色園:森に広がる立体宗教絵巻、等身大コンクリート塑像が織りなす人間ドラマ(愛知県日進市の旅 : 2026-02-22)
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五色園(愛知県日進市)
はじめに:名古屋近郊に潜む、唯一無二の異空間へ
愛知県日進市。名古屋市の東側に隣接し、ベッドタウンとして発展を続けるこの街に、一歩足を踏み入れると誰もが言葉を失う奇想天外なスポットが存在します。その名は「五色園(ごしきえん)」。
「園」という名前だけを耳にすると、四季折々の花々が咲き乱れる穏やかな日本庭園を想像するかもしれません。あるいは、週末に家族連れで賑わうのどかな緑地を思い浮かべるでしょう。しかし、実際にこの地に足を踏み入れると、その先入観は良い意味で、そしてあまりにも鮮烈に裏切られることになります。
ここは、浄土真宗的要素を持つ宗教公園であり、宗祖・親鸞聖人の生涯や説話を、等身大のコンクリート塑像によって視覚的に再現した広大な空間です。しかも、広大な敷地内に点在する塑像の数は、なんと100体以上。鬱蒼と茂る森の中を歩いていると、突如として目の前に巨大な人物群が姿を現し、訪れた者をまたたく間に鎌倉時代の仏教説話、あるいは重厚な時代劇の世界へと引きずり込みます。
今回は、地下鉄東山線の星ヶ丘駅を起点に、名鉄バスに揺られて出かけた五色園のディープな旅の模様を、余すところなくお届けします。
星ヶ丘駅からバスに揺られて:五色園へのアプローチ
旅の始まりは、名古屋の東の拠点である星ヶ丘駅前。賑やかな駅周辺の雰囲気を後に、バス停に向かいます。今回利用するのは名鉄バス。以前、岩崎城や道の駅 マチテラス日進へ足を運んだ際にもお世話になった、すっかりお馴染みの路線です。
バスは市街地を抜け、徐々に緑が濃くなっていく日進市の風景の中を静かに進んでいきます。車窓から眺める景色が、都会の喧騒から穏やかな丘陵地帯へと移り変わっていくプロセスも、旅の気分をじんわりと盛り上げてくれます。そうしてバスに揺られることしばらく、終点である「五色園」の停留所に到着しました。
バスを降りると、そこにはどこか厳かで、同時に不思議な静寂が漂う空間が広がっていました。いよいよ、日本唯一とも言われるコンクリート塑像の聖地への探訪が始まります。
“山全体が物語空間”:五色園の概要と塑像の魅力
五色園の敷地は非常に広大で、単に格式高い寺院の境内を散策するというのとは全くワケが違います。表現するならば、まさに“山全体が丸ごと一つの巨大な物語空間”と化しているのです。
園内を巡るルートは、綺麗に舗装された遊歩道ばかりではありません。時には土が剥き出しになったなだらかな山道を歩き、周囲を囲む木々が風に揺れてザワザワと鳴り響く音に耳を澄ませながら進んでいくことになります。そうして自然の静けさに身を浸していると、突如として森の奥から、色鮮やかなコンクリート塑像群がぬっと姿を現すのです。その唐突な出会いの連続が、歩き進める楽しさを倍増させてくれます。
人間臭く、感情豊かな造形
五色園に配置されている塑像を間近で見て驚かされるのは、どの像も言葉を失うほど表情が豊かであるという点です。これらの作品群を手掛けたのは、不世出の塑像家・浅野祥雲氏。昭和初期という時代にこれほどの規模で制作されたとは思えないほど、像の造形はどこまでも人間臭く、感情表現が非常に濃いのが特徴です。
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ある者は目を見開いて豪快に笑い、
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ある者は顔を真っ赤にして激しく怒り、
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ある者は一心不乱に手を合わせて祈り、
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またある者は予期せぬ事態に激しく困惑している。
最初は正直なところ、「少し変わったスポットを見に行く」という気持ちが頭の片隅にありました。しかし、広大な園内を一歩一歩踏み締め、次々に現れる彫像たちのリアルな表情と対峙しているうちに、胸の中のざわつきは別の感情へと昇華されていきました。彼らが織りなす圧倒的な熱量を前に、気づけば、数百年前に確かに生きた人々の「濃密な人間ドラマを追体験している」かのような、不思議な感覚へと引き込まれていったのです。
森の中に突如現れる「極彩色の異物感」
五色園の本当の魅力は、単に像の造形やクオリティそのものだけにあるのではありません。むしろ、訪れた人の心に最も強く残るのは、それら塑像たちの「現れ方」の妙にあります。
静かな一本の森の道を、何も考えずにのんびりと歩いていたとします。すると、急に視界が開けた斜面の奥から、等身大以上の巨大な人物群が、まるで舞台の幕が上がったかのようにドカンと視界に飛び込んでくるのです。あるいは、木々の鬱蒼とした隙間から顔だけがこちらを覗いていたり、うらぶれた橋の上に不自然な人影がぽつりと立っていたり。それらは遠目からであっても、周囲の自然環境を圧倒するほどの異様な存在感を放っています。
しかも、これらの塑像はすべて赤、青、緑、金といった鮮やかな色彩が施されており、白灰色をした通常の無機質なコンクリート像とは一線を画す、独特の非現実感を醸し出しています。緑豊かな自然の風景の中に、突如として現れる人工的な原色の群れ。このコントラストが、まるで白昼夢を見ているかのような独特の世界観を形成しているのです。
宗教公園としての崇高な精神性を宿していながら、どこか懐かしい野外テーマパークのようでもあり、昭和という時代が遺した巨大な立体芸術のようでもある。五色園とは、まさに一言では到底説明しにくい、幾重もの魅力が複雑に絡み合った唯一無二の場所なのです。
深く心に刻まれた、三つの名場面
広大な五色園の中には、親鸞聖人にまつわる様々なエピソードが再現されています。その中でも、私が特に強く心を動かされ、印象に残った三つの場面を詳しくご紹介します。
1. 日吉丸矢作橋出世の糸口 —— 天下人の資質を宿した、若き日の鋭い視線
園内を巡る中で、特に意外性を持ち、かつ強く引き込まれたのが、この「日吉丸矢作橋出世の糸口」という場面でした。
五色園を歩く人は、ここでまさかの豊臣秀吉の幼名である“日吉丸”が登場することに新鮮な驚きを覚えるはずです。物語の舞台は、矢作橋。幼少期の日吉丸が、橋の上で身を横たえて休んでいたところへ、武将の一行が通りかかります。普通の子どもであれば、武装した大人たちの威圧感に怯え、泣き叫んで逃げ出してしまいそうな緊迫した場面。しかし、画面の中の日吉丸は違いました。彼はまったく物おじすることなく、毅然とした態度で武将たちを迎え撃つのです。
その小さな身体から漂う「ただ者ではない雰囲気」。後に天下人として日本の頂点に登り詰める秀吉の、底知れない資質を予感させる逸話ですが、五色園の塑像は見事にその場の空気感を再現しています。
特筆すべきは、人物たちの「視線」の交錯です。武将たちを見上げる日吉丸の表情には、子どもらしからぬ不思議な自信と、不敵な笑みすら浮かべているように見えます。また、「橋」という舞台設定もこれ以上ないほど効いています。川の両岸を繋ぐ橋は、多くの人々が行き交う交差点であり、「人生の転機」を象徴するドラマチックな空間でもあります。後の天下人が、まさにこの場所から乱世へと漕ぎ出し、自らの運命を切り開いていく――そんな壮大な物語性が、周囲の森の風景と重なって、静かに胸を打ちます。
2. 日野左衛門門前石枕 —— 凍てつく夜の拒絶、それを受け入れる圧倒的な静寂
先ほどの日吉丸の派手な立ち回りとは打って変わり、別の方向性で深く心に染み入ったのが、この「日野左衛門門前石枕」です。
こちらは、親鸞聖人が関東の地へ布教に訪れていた際のある出来事を再現しています。日が暮れて寒さが厳しくなる中、親鸞聖人はある一軒の民家を訪れ、一夜の宿を懇願します。しかし、異形の旅の僧を怪しんだ家人からは非情にも宿泊を断られ、せめてもの情けとして軒先を借りることしか許されませんでした。親鸞聖人は怒ることもなく、門前に転がっていた冷たい石を枕の代わりにして、そのまま横になって夜を明かしたという伝承です。
歴史に名を残す高僧でありながら、地面の硬い石を枕にしてゴロリと横たわっている姿が、あまりにも生々しく人間臭いのです。しかも、その表情からは怒りや悲壮感は微塵も感じられず、すべてを許すかのような穏やかさすら伝わってきます。
さらに、この塑像群は周囲の環境と配置のバランスが絶妙でした。像が人間の足元、つまり地面に限りなく近い非常に低い位置に配置されているため、鑑賞する私たち見学者も、自然と視線を低く落とすことになります。
3. 箱根権現御饗応 —— 静と動が交錯する、緊迫の劇場型立体アート
三つ目に強く印象に残ったのが、園内でも屈指のスケールを誇る「箱根権現御饗応」です。これまでの2つの場面と比較しても、こちらは圧倒的に“劇場型”の要素が強い、ドラマチックな塑像群となっています。
物語の背景は、神主が宴(うたげ)を開いていたところ、突然「今、この近くを尊ぶべき僧(親鸞聖人)が通りかかっている。急いで外へ出て、心を込めてもてなしなさい」というお告げが下る、というもの。この場面の見どころは、何といっても登場人物たちの驚異的な「動きの描写」にあります。
硬いコンクリートで作られた、一歩も動かないはずの静止した塑像にもかかわらず、彼らを見つめていると、まるで時が止まった映画のワンシーンを見ているかのように、「次の瞬間」に彼らがどう動くのか、その躍動感が鮮明に脳裏に浮かび上がってくるのです。
空間全体がまるで演劇の舞台の上のよう。宴席の喧騒といった「動」のにぎやかさと、外の険しい道を一歩一歩着実に進んでいく親鸞聖人一行の「静」の静謐な佇まい。この表裏一体となった見事な対比が、限られた空間の中で完璧に表現されています。
総括:五色園とは「五感で歩き、体験する場所」
五色園という空間を巡り終えて強く感じたのは、ここは「写真や画面越しでは、本当の魅力の半分も伝わらない場所である」ということです。
むしろ、自分の足で実際に広大な敷地を歩き、森の空気を肌で感じ、鳥のさえずりに耳を澄ませながら、木々の向こうから突如として現れる塑像群と正面から遭遇する。その「遭遇のプロセス」と体験自体こそが、五色園という場所が持つ最大の魅力であり、魔力なのだと思います。
散策の途中で出会う彫像たちは、時には少し背筋が寒くなるほど不気味であり、時には思わずクスリとしてしまうほどユーモラスさ。そして物語の背景を知れば知るほど、妙に感動的でもあります。
宗教的な精神世界、激動の歴史絵巻、昭和を駆け抜けた浅野祥雲による巨大コンクリートアート、そしてサブカルチャー的な文化。これら一見すると相反するような要素が絶妙なバランスで混ざり合い、他では絶対に代えがたい唯一無二のワンダーランドを形成していました。
旅の締めくくり:星ヶ丘での至福のグルメタイム
五色園を存分に歩き回り、五感をフルに使ってエネルギーを消費した後は、帰路につきます。五色園始発の名鉄バスに再び乗り込み、終点である星ヶ丘駅前へと戻ってきました。
バスを降りると、そこはさっきまでの静かな山の中が嘘のような、洗練された都会の街並み。駅に隣接する「星ヶ丘三越」に立ち寄ってみると、タイミング良く催事場で「北海道物産展」が開催されていました。賑やかな会場を楽しく散策し、あれこれと覗いたものの、最終的にはピンと来るものに出会えず、何も買わずに会場を後にしました。
というのも、私の頭の中にはすでに、この日の旅を締めくくるにふさわしい、確固たる目的地が決まっていたからです。
向かったのは、星ヶ丘で個人的に大お気に入りの中華料理店「天山(てんざん)」。注文したのは、お目当ての「あんかけ海鮮焼きそば」です。
香ばしくパリッと焼き目のつけられた麺の上に、エビやイカ、ホタテといったプリプリの海の幸と、シャキシャキの野菜がたっぷりと入った、熱々の濃厚なあんが惜しげもなく注がれています。まさに五臓六腑に染み渡る美味しさで、「これぞ至福の瞬間!」と思わず心の中で快哉を叫びました。
素晴らしい歴史アートに触れ、最後は最高に美味しい大満足のグルメで締める。日進市と星ヶ丘の魅力をこれでもかと再発見した、非常に充実した素晴らしい一日となりました。皆さんもぜひ、名鉄バスに乗って、あの不思議なコンクリート塑像の世界へ迷い込んでみてはいかがでしょうか。
地図:五色園
データ
所在地:〒470-0104 愛知県日進市岩藤町一ノ廻間932−31




























































