掛川城天守閣:山内一豊が築いた日本100名城の一つ ( 静岡県掛川市の旅 : 2024-02-16 )

掛川城天守閣:山内一豊が築いた日本100名城の一つ

 

 

1年ぶりの静岡県。

そして今回は、人生初の掛川市に行ってきました!

ということで、しばらく掛川市の旅の様子をお伝えできればと思います。

今回は、掛川城についてご紹介。

とはいっても、掛川城内でも見どころはたくさんあるため、今回は天守閣をメインにご紹介します。

 

掛川城

掛川城公式サイト: https://kakegawajo.com/

 

掛川城とは

室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。
戦国時代には、山内一豊が城主として10年間在城しました。働き盛りの一豊は大規模な城郭修築を行い、天守閣、大手門を建設するとともに、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注ぎました。掛川は、一豊の人生にとって大きな意味をもつ土地であり、高知城は掛川城を模して作られたとも伝えられています。
現在の掛川城は、平成6年(1994年)4月に「東海の名城」と呼ばれた美しさそのままに、日本初の「本格木造天守閣」として復元されたものです。
掛川城周辺には、四季桜、しだれ桜、ソメイヨシノが約130本植えられており、毎年春には多くの人の目を楽しませています。

(引用元:掛川市公式サイトより )

 

掛川城は、掛川駅から徒歩7分。

ぶらり散歩にちょうど良い距離感にあるお城です。

まずは花壇エリアからお城を眺めて休憩。

駅から近いものの、お城は山の上にあるので、ちょっとは疲れるのです^^;

 

掛川城天守は、4階の望楼部が極端に小さいつくりで美形。はじめて生でみましたが、かなり好みのお城でした!

 

現在の掛川城の天守は、1994年(平成6年)4月に再建され、日本初の木造復元天守とのこと。

掛川城はもともと石川氏が城代を務めていましたが、1590年に家康が東海から関東に移封されると、掛川城には豊臣秀吉の直臣であった山内一豊が5万1千石(のち5万9千石)で入り、掛川城の大幅な拡張を実施。石垣・瓦葺の建築物・天守など近世城郭としての体裁を整えた城郭としたそうです。

 

掛川城の天守閣の構造について

掛川城の天守閣は、3層構造の外観ながら、内装は4階建てになっています。6間×5間(約12m×10m)の天守閣本体は決して大きいものではありませんが、東西に張り出し部を設け、入口に付櫓(つけやぐら)を設置するなど、外観を大きく、複雑に見せています。
1階、2階に比べて4階の望楼部が極端に小さいのは、殿舎の上に物見のための望楼を載せた出現期の天守の名残といえます。白漆喰塗り籠めの真っ白な外容は京都聚楽第の建物に、また黒塗りの廻縁・高欄は大坂城天守にならったと考えられています。

(引用元: 大垣城公式サイトより)

 

 

天守4階の望楼部からの景色

掛川市内を一望できます。

犬山城と違い、部屋の中からまったり景色を眺めることができるため、強風や転落にドキドキすることなく気楽に見学することができました。

 

富士山もばっちり見えましたよ!

素敵な景色。

こうみると、掛川市内はとても発展しており、住み良さそうな街並みですね。

新幹線も通っているし、浜松市や静岡市にもすぐ行けるし、第二の故郷にしても良いかなと思いました。

 

 

四足門

 

三の丸広場

市指定文化財である大手門もあるのですが、城内からかなり離れた淀川沿いにあるためか、見学し忘れてしまいました・・・。残念。

 

二の丸茶室

 

十露盤堀

 

二の丸美術館

 

今回はここまで。

次回、掛川城内で私がもっとも心高まった城郭御殿である掛川城御殿の様子をお伝えします。

つづく。

 

地図・アクセス

〒436-0079 静岡県掛川市掛川1138−24

 

◆撮影機材

コンデジ:SONY 「RX100Ⅵ」(JPEG 2M出力)

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