御器所・荒畑エリア散策:御器所八幡宮と尾陽神社を巡る昭和区歴史旅(名古屋市昭和区の旅:2026-05-06)

 

鶴御器所八幡宮・尾陽神社(名古屋市昭和区)

はじめに:鶴舞公園の南側、昭和区御器所エリアへ

2026年5月6日は、すでにブログ記事で紹介しているパロマ瑞穂スタジアムや、鶴舞公園のバラ園だけでなく、名古屋市昭和区にある御器所周辺も散策しましたので、今回はその時の様子をご紹介します。

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パロマ瑞穂スタジアムを後にした後、瑞穂運動場西駅から地下鉄桜通線に乗り、御器所駅へ向かいました。まずは御器所や荒畑のエリアをじっくり散策してから、最終目的地である鶴舞公園へ向かう計画です。

名古屋市昭和区といえば、鶴舞公園や八事には何度も訪れたことがありますが、それ以外の地域はほとんど訪れる機会がありませんでした。特に、鶴舞公園の南側に位置する荒畑や御器所周辺は足を踏み入れたことがほぼなかったため、今回はこのエリアの歴史や街並みをじっくり巡ってみることにしました。

レトロな街並みと広々とした山王通をゆく

まずは御器所と荒畑を通るメイン道路である山王通を西へと進みます。道路自体が非常に広いのですが、歩道も自転車用と徒歩用でしっかりと分けられており、道幅が十分に確保されているため非常に散策しやすい印象を受けました。道中では、どこかレトロな雰囲気を醸し出す「コンパル御器所店」の建屋が良いインパクトを与えてくれ、目を楽しませてくれます。さらに道路沿いには、なぜかたくさんのおもちゃが並べられている不思議な光景もあり、歩いているだけでもまったく退屈しません。

秘仏と「やっこ餅」の言い伝えが残る医王山 神宮寺

山王通から600mほど南に進むと、静かな佇まいの由緒正しき寺院「医王山 神宮寺」が現れます。

御器所八幡宮の右手に位置するこのお寺は、御器所エリアで最古とされる真言宗の寺院です。嘉祥3年(850年)に熱田神宮の鬼門除けの修法祈願所として創建されたと伝えられています。昭和20年の名古屋大空襲で惜しくも焼失してしまいましたが、昭和46年に見事再建されました。

毎年11月8日には秘仏である薬師如来の御開帳が行われ、秘仏の持物である薬壺(やっこ)に模した「やっこ餅」が供えられるそうです。古くからこれを食べると病気知らずで過ごせると言われており、当日は多くの参拝者で境内が大変賑わうとのことでした。私が訪れたタイミングでは法事が行われていたため、心を込めてお参りを済ませ、すみやかに境内を後にしました。

家康も勝利を祈願した「勝運の神社」御器所八幡宮

続いて、すぐお隣にある「御器所八幡宮」を訪れました。

創立年代は不詳と伝えられていますが、一説には平安時代前期に仁明天皇の勅願社とされ、熱田神宮の鬼門の方角を守護するために鎮座したとも言われています。鎌倉時代に御器所西城を築いた佐久間家勝が鎮護の社として手厚く守護したほか、徳川家康が小牧・長久手の戦いの前に必勝祈願を行ったという言い伝えが残っており、「必勝の神様」として広く知られています。また、境内には菅原道真公を祀る御器所天満宮も併設されているため、現在では受験生の合格祈願の場としても多くの人々が訪れているようです。

境内には「必勝守護」の神鈴があり、私も強い願いを込めながら鳴らさせていただきました。御器所八幡宮の神鈴は少し珍しい存在です。拝殿の大鈴だけでなく、自分の願いごとに合わせた鈴を選んで振ることができるようになっており、「勝運の神社」としての特色が強く感じられました。かつて徳川家康をはじめとする戦国武将たちも願ったであろう勝利への祈りに思いを馳せると、胸が熱くなります。ふらりと何気なく立ち寄った神社でしたが、非常に興味深く深い感銘を受けました。

尾張徳川家の「始まりと終わり」を祀る尾陽神社

この後は北西方向へと歩を進め、「尾陽神社(びようじんじゃ)」へと向かいました。説明を読んでみると……なんと全国的にも珍しい「尾張徳川家ゆかりの神社」であることが判明しました!

尾張藩の初代藩主である徳川義直と、最後の藩主である徳川慶勝の二人を祀る神社であり、明治43年(1910年)、名古屋開府300年を記念して創建されたそうです。「尾陽」という名称は、義直の尊称である「尾陽公」からとったものです。本殿は昭和20年の名古屋大空襲によって焼失し、仮本殿も昭和34年の伊勢湾台風で倒壊するという苦難の歴史を辿りましたが、昭和45年に再建されて現在の姿に至ります。

ちなみに初代藩主の徳川義直は徳川家康の九男にあたり、名古屋城完成後に尾張藩の初代藩主となった人物です。名古屋の城下町整備や尾張藩の基礎づくり、さらには尾張徳川家の繁栄に大きく貢献しました。

一方で幕末の尾張藩主であった徳川慶勝は、徳川御三家の一員でありながら新政府側に協力した人物です。戊辰戦争の際には新政府軍に加わることで、尾張藩が大きな戦乱に巻き込まれることを避けました。

つまり尾陽神社は、

  • 尾張藩を創った人物(義直)

  • 尾張藩を締めくくった人物(慶勝)

を一緒に祀る神社なのです。

おわりに:新たな発見に満ちた散策を終えて

こんな由緒正しい神社が鶴舞公園のすぐ南近くに鎮座していたとは夢にも思わず、新たな発見たっぷりな昭和区御器所エリアの散策旅となりました。

この後は、予定通り鶴舞公園へと向かいました。それについてはすでにアップしていますブログ記事をご参考ください。

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地図

〒466-0051 愛知県名古屋市昭和区御器所4丁目4−4−24

 

 

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